ウパデーシャサーラ
ラマナ マハーリシによる30の詩
講師 スワミ チェータナーナンダ
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内容紹介「ウパデーシャサーラ」は、タットヴァボーダと同じく、ヴェーダーンタを教えるためにスワミダヤーナンダジがよく使われた聖典です。
30の詩からなるこの小さな聖典は、ヴェーダーンタの宇宙観と、それを得るための生き方、ヨーガの教えが込められています。
ラマナマハリシは、1896年8月29日、16歳の時に、シヴァ神そのものと呼ばれる美しい山、アルナーチャラを目指して旅し、それ以降、71歳で迎えたマハーサマディーの瞬間までの55年間、アルナーチャラを離れることなくすごされました。
この「ウパデーシャサーラ」は、ラマナマハリシの弟子であるムルガナールの依頼でラマナマハリシが書いた聖典です。
ムルガナールは、その昔ダールカの森で起こった出来事をもとに物語を書いていました。
その森には、プールヴァミーマーンサカ(哲学者の一派、儀式主義者)達が暮らしていました。
彼らはイーシュワラ(神)の理解の大切さを忘れて、儀式に没頭するあまりに、「儀式だけが大事で、儀式がモークシャと呼ばれる究極の自由をかなえるのだ」と信じて暮らしていました。彼らの愚行を見て、彼らを助けるためにシヴァ神が現れ教えを説くシーンが物語の名場面でした。この物語の中にシヴァの教えの名場面を挿入したいが、その教えを書く事ができるのは、ラマナマハリシしかいないと考えたムルガナールは、ラマナマハリシにその教えを書いてもらうように頼んだのです。ラマナマハリシはそれを引き受けて、シヴァの化身としてそれを書きあげました。
30の詩からなる完結で明確な全体の中で、前半はカルマカンダが美しく表現され、後半はヴェーダーンタのエッセンス、ブラフマンの知識が語られます。30の詩のチャンティングも美しいです。
ウパデーシャサーラのチャンティングを覚えて、教えに耳を傾けてみましょう。
ウパデーシャサーラの日本語本の紹介
昨年、ウパデーシャ・サーラを日本語で教えるための教科書をつくるために、ラマナ・マハリシの存在を今も感じる事のできるアルナーチャラに行きました。ラマナ・マハリシの暮らしたアーシュラムに滞在して、彼が過ごしたと言われる部屋をお借りして、スワミ ダヤーナンダジや、スワミ パラマールターナンダジの教えを振り返りながら、ウパデーシャ・サーラのひとつひとつの詩を学びなおし、日本語で学ぶための教科書を編纂しました。その本を使って、スワミ ダヤーナンダジの生誕の地、マンジャクッディに移動し、私としては、はじめてのウパデーシャ・サーラ・キャンプを10日間で開催しました。そして、確かに、スワミ ダヤーナンダジとラマナ・マハリシに導かれ、ヴェーダーンタの宇宙観を明かすことができました。

最後の30番目の詩で、ラマナ・マハリシは「これがラマナの言葉である」と言いウパデーシャ・サーラを締めくくります。まるで、ウパデーシャサーラを編纂したラマナマハリシが作品にサインを残したかのように「これが自分の言葉である」と言っているのでしょうか? いいえ、とスワミ ダヤーナンダジが教えてくださいました。ラマナとは「喜びを作る道具」つまり、聖典の事なのです。このウパデーシャサーラは、その名の通り、「これが聖典の言葉」なのです。ヴェーダーンタのエッセンスなのです。壮大な聖典の宇宙観を、ラマナ・マハリシは、見事な手法で私たちに明かしてくださいました。
チェータナーナンダ
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